年一度の例大祭で1000人集まる名古屋の神社にて、商売繁盛に欠かせない光の感性を見つける

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先日、名古屋でおこなった失われた光を見つけ出すツアーをおこないました。

参加者は、実質6名(現地に来れたのは4名)。

場所は、那古野神社

メタさんは、ミッションの時はいつもノープランで現地に行くのですが、今回は、参加した皆さんが「メタさんの仕込みか?!!」と思われるくらい、不思議な出来事が次々と起こりました。

名古屋が栄えた理由。光の「商売繁盛」の心とは。

※このツアーの募集は、今月の限定メニューになっています↓

【11月の限定メニュー】風土の波動(土地の歴史)から光の感覚を見つけ出すツアー
地方には、失われた光の感覚が眠っています。 その忘れ去られてしまった光の感覚を思い出して行くことが、光を広げて行くための重要な出来事になります。 なので、今回の限定メニューは、光のグローバル化のための天界のミッションの一...

 

まず最初に、この日のツアーからはじかれた人が3名(あとから聞くと4名はじかれたみたいですが)おられました。

どんな人がはじかれたのか?というと「お金の不安がある者」がはじかれたようです。

お金の不安がある人は、金運や財運、商売繁盛などを無意識的に求めていることがあります。

ですが、このミッションで関わる神社の神様は、その思いを必要としていませんでした。

 

そのためか、3名のうちの一人は神社には辿り付けたのですが、神社に入るやいなや、物質的に変化を及ぼすエネルギー的なお知らせがあり、そのお知らせをリーディングすると「お前は来るな」ということでした。

ですが、「いや、今日はそういうつもりで来たんじゃないんです」ということを伝えると、沈黙の了承。

「いいよ」も「ダメだ」も返事が返って来ず、その人の心の様子見という感じがしました。

 

那古野神社の歴史を教えてくれるおばあちゃん

そして、次に、急に60歳くらいのおばあちゃんに話しかけられ、この那古野神社の歴史や、神社に関わるお祭りの歴史を20分に渡りお聞きしました。

「リーディングせずとも、誰かが教えてくれる。なんかすごいな…」

ということで、那古野神社の敷地内に入り、本殿に参拝しました。

そして、那古野神社の横に、お稲荷さんがありましたが、それを素通り。

その向こう側に、徳川家康が祭られている東照宮がありました。

その横に、小さな神社がありました。

この小さな神社は、福神社(ふくじんじゃ)というようです。

 

偶然のただならぬ雰囲気…

そこに辿りついたとき、

  1. 宮司さん
  2. 付添の神主さん
  3. お手伝いさん

の3名が歩いて来られました。

 

その後ろに、ご祈祷を頼まれた方と思われる、男性二人とおばあちゃんが、宮司さんたちの後ろから歩いて来られ、福神社に入られました。

そして、ご祈祷が始まりました。

メタさんは、「ほー!ご祈祷されるのか~」と思い、福神社を横目に東照宮を見ていたところ、他の参加者を見ると、なぜか4人整列をしてご祈祷を見ていました。

「あれ?これは、僕も並ばなければいけないかな…」と思い、その4人のところに戻り、整列をし、ご祈祷を参観していました。

すると、神主さんが、男性二人とおばあちゃんに対して、ファサッ・ファサッとお清めをした後に、なぜかメタさん達5人の元に歩いて来られ、ファサッ・ファサッとお清めをしてくださいました。

メタさん達5人の頭の中は「????なぜ僕たちも???」という不思議な感覚です。

 

宮司さんが教えてくれた、重要な今日という日について

そして、ご祈祷が始まり、緊張感が高まった中で20分くらいその場でじっと、様子を見ていました。

そして、祝詞を読み終、玉串奉奠(たまぐしほうてん)が終わったあと、宮司さんが、メタさん達に向かって話しかけられました。

気づくと、メタさんたちの後ろにも、5~6名ほど並び、ご祈祷を参観しておられました。

 

宮司さんの話しの内容を要約しますと

  1. 実は、本日は、年に一度の例大祭。
  2. だけど、新型コロナという疫病が流行ったため、例大祭をおこなわないことを検討した。
  3. だが、ごく限られた人だけでも例大祭をおこなおうと、今とりおこなった。
  4. この福神社に祭られている「恵比寿」「大黒天」は、徳川家康が信仰しており、この地に祭られた。
  5. つまり、東照宮が出来る前から祭られていた神様。
  6. この名古屋という地は、もともとは何も無い野原だった。
  7. だが、徳川家康が織田信長の時代に、天守閣の無い「名古屋城」という、拠点を構えた場所でもあるため、ここにお城を作り城下町を作ろうとした。
  8. だが、城下町を作るためには、たくさんの商人が必要だった。そのため当時商人がたくさんいた清洲の城下町の商人を、そのまま引越しをさせ、この名古屋という土地が作られた。
  9. そのため、この福神社は、名古屋を作った徳川家康が名古屋を作る時に祈願していた神様として、祭られている。
  10. どこにも発表をしていない今日この日、この場に偶然参列された方は、何かのご縁だと思い、お話をさせて頂きました。

ということでした。

 

例大祭は、毎年全国から商売繁盛を祈願しに人が訪れる日

この例大祭が終わり、「すごい場面に出くわしたね…」と5人で話しをしていると、また違うおばさん(多分、神社の関係者)が話しかけて来て、

おばさん
あなた達すごく運がいいわね~!

このお祭り、商売繁盛を祈願しに毎年全国から1000人くらい来るのよ。

実際、東照宮の例大祭よりも、この福神社の例大祭の方が人気なのよね。

だけど、今年コロナだから、神社の役員さん達だけでやろうってなって。

あの3人の方々は、名古屋の病院の医院長だったり、社長さんだったりするのよ。

ということでした。

またまた色々と教えてもらい、「本当にすごい場面に出くわしたんだな…」と実感しました。

この時、メリアさんは「これはメタさんの仕込みか?!」と思ったらしいです(笑)

 

恵比寿さんは商売繁盛をお願いされることは望んでいなかった

さて、サロンに戻りお茶会が終わりました。

すると、何か急にお知らせがあり恵比寿さんと話しをしなければいけないような感覚があり、恵比寿さんをリーディングしました。

すると、恵比寿さんは、「寂しい…誰も相手にしてくれない…」とのこと。

ここに来るほとんどの人は、商売繁盛や金運をお願いしに来るらしく、純粋に恵比寿さんに話しかけてくる人はいなくなってしまったということ。

つまり恵比寿さんは、商売繁盛をお願いされることなど望んでいなかったのです。

 

恵比寿さんが望んでいるのは、栄えること。繁栄すること。

栄えるということは、つまり、人と人が笑顔で繋がり、支え合える関係でいられること。

そういった笑顔で支え会える関係性が広がっていった時に、その町は栄え、その町全体が栄えると結果的に商売繁盛のお店も多くなるということなのかなと感じました。

 

昔の名古屋は、人と人とが支え合い、恵比寿さんと町民も良い関係性だった

今は、自分だけがいくら稼ぐか。

自分のお金がどれだけ確保できるか。

その感覚で、商売繁盛を祈願する人が多くなり、名古屋が栄える時にあった当時の光は失われたのかもしれません。

 

ですが、何もない野原だった名古屋の地が、大きな繁栄に至るまでの、多くの人の支えや人間関係、そして人情味を、光の感覚として復活することを恵比寿さんは望んでいるような気がします。

昔は、恵比寿さんも、町に住む一人として、町の人と挨拶や会話をしていたのかもしれません。

 

光の見栄を張り方、闇の見栄の貼り方

これは、後日談です。

名古屋の出張から帰る前に、もう一度、恵比寿さんと話しをしてみようと思い、福神社に行きました。

その時に、恵比寿さんが、まさにエビスビールの絵柄のように鯛を持って「大漁大漁!はい、お裾分け」と鯛をこちらにくれるイメージが見えました。

このイメージに、恵比寿さんが伝えたい名古屋の光の部分があるように感じました。

それは、名古屋特有の「見栄を張る」という部分です。

 

今の現代は、闇の感覚で「見栄を張る」ことをしているように感じます。

ですが、恵比寿さんの伝えたい光の感覚で「見栄を張る」は、

  • 「大漁大漁」=「いつも豊か」=「お金や物ではなく、心が豊か」
  • 「はい、おすそ分け」=「お金が無くても心使いはできる。笑顔で声をかけることはできる。」

このような見栄を張り方です。

 

昔の名古屋は、光の見栄っ張りがあったから、名古屋はここまで栄えたのかもしれません。

栄えた町だからこそ、商売繁盛のお店が多数出てくる。

自分の商売繁盛を求めるのではなく、「光の見栄っ張り」と「支え合う力」で一つのコミュニティーを大きく繁栄させることが、すごく大切だと思った出来事でした^^

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