考え事「スピリチュアルを盲目的なものにしたのは、人の心の闇」

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宗教の始まりは、誰かが何かの考えや教えを広めるところから始まりました。

 

ですが、お釈迦様が仏教を作ったわけではありません。

キリストがキリスト教を作ったわけではありません。

「この教えを信じると救われるよ」と、言い始めた者達が、その宗教を作りました。

 

だけど、「この教えを信じると救われるよ」と言い始めた人は、その言葉の裏側にある心を理解せず、ただ信じる信じないで判断しているため、盲目的なんですね。

つまり、真意も何も理解していない盲目的な人が、何かのメリットを感じ、それを信じるように広めていったのが宗教です。

 

それで言うと、今のスピリチュアルもそうなのかな、と思います。

今現在広がっているスピリチュアル、「スピリチュアルは怪しい」と思われる理由。

 

それを作ったのは、人の心の闇(心の弱さ)の部分。

スピリチュアルをやっている側が、楽をして仕事をしたいがために、エネルギーの原理原則も体感していない、研究していない、深く理解しようと追求もしておらず、「これを信じれば幸せになれるのよ」と、お客さんを信じ込ませてきたこと。

スピリチュアルを求めていたお客さん側も、自分が楽をしたいがために、目に見えないエネルギーレベルを深く理解しようとしてこなかったこと。見抜こうとしなかったこと。

スピリチュアルは、見えないものだから怪しいとなってしまったのは、こういう原因があるんじゃないかと思います。

 

スピリチュアルは、見えるものです。

きちんと見ようとすれば、きちんと会話をすれば、人の心は見えてきます。

そこにどういう意識があって、どういう思いがあるのか、真剣に見ようとすると、だんだん見えて来ます。

どういう思いが、どういうエネルギーを発することになって、それが実現化してきたか、流れを見れば、見えてきます。

 

スピリチュアルは、見えないものではなく、真剣に見ようと努力さえすれば、見えるものなんです。

人の心のように、真剣に見ようとする努力さえ怠らなければ、わからないなりにしっかり会話をしていけば、見えてきます。

見ようとする努力を怠ったがために、本当は見えるはずの心が見えなくなってしまっただけなんですね。

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