誰かの見本にはなれない。誰も真似を出来ないのが自分だから。

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以前は、「見本になることがリーダー」だと伝えていた時期がありましたが、最近は180度変わり、「いや、僕のやってきたことは僕にしかできないから、僕は誰の見本にもなれない」というふうになってきました。

ですが、最近思ったことで、「何かの責任」を感じているなと思いました。

それは、ウェルシークラスや、スクールに関しての責任です。

 

「みんなが成長できないのは自分の力不足だからだ。だからもっとどうにかしなければいけない。」

そういう責任を無意識レベルで感じていました。

ですが、それは人に対して自分の思いの押し付けになってしまいます。

 

スクール生が成長できるかどうかは、僕にはどうしようも出来ないことだってある。

だって、その人のペースがあるし、その人は僕と同じ人生では無いから。

だから、もうクラスの人が成長しないことへの自責の念を負わないことにします。

 

だから、ライトワーカーとしての仕事を、してもいいし、しなくてもいい。

仕事としておこなわなくても、仕事をしている人達を陰からを支えることはできます。

上位ウェルシークラスは、そういうグループで良いのかもしれません。

 

僕も、見本にならない先生として、先生としての責任を負わない先生として、もっともっと自由にやって行こうと思います^^

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