人からのアドバイスが自分の中で宗教になってしまい、それが苦しくなる事がある…

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インナーチャイルドや、ブロックやトラウマなどは、外側からの影響があり、自分で自分の中に自己プログラミングをするのですが、自己啓発系などは、真逆の不自由さを自分の中に作ってしまいます。

それはどういうことか?というと、良い言葉や、良いアドバイス(過去に良かったアドバイス)などは、自分の中の「良いもの」として、宗教になってしまいます。

それは、「どこかの宗教に入信する」ということではなく、自分が「これは良いものだから、これを自分を律するものとして決め事としてやろう」と自分の中で勝手に宗教のようなものを作ってしまうのです。

つまり、その自分の中で作った宗教が自己プログラミングになり、違う形で自分を苦しめるものになります。

 

良いアドバイスが、なぜ自分の中の宗教になってしまうのか?

それは、正解を求める心の弱さがあるからです。

 

固定された正解となる回答なんてありません。

人によって、答えはさまざま。

恋人を作った方が光の方に進む人もいれば、恋人を作ると闇に落ちる人もいます。

時期もそうです。

今はタイミングだからGO、今はタイミングじゃないからSTOP、ということもあります。

だからと言って、自分の中に正解を求める心の弱さがあると、それを狙ってやろうとします。

狙ってやろうとすること自体が、自分を律する固定されたものになり、自分の中の宗教になってしまうんですね。

 

正解を求める心の弱さは、「痛い目に合うことが嫌だ」という心から生まれます。

つまり、自分が巻いた種を自分で刈り取る時に、痛い目を見ることが嫌だからそういう心になってしまうんですね。

 

痛い目に合うことは、仕方ありません。

だって意図せずとも自分が巻いた種であり、意図せずとも自分が育んできたものなんですから。

「流れ」は、いつも自分の心が作って行くんですね。

 

例えば、「大冒険をしたい」と思い、大海原に船を出したら、いつかは大嵐に巻き込まれるのは当たり前ですよね。

「大航海はしたいけど、大嵐は嫌だ」は、都合が良すぎます。

どうせ大嵐に巻き込まれることがわかっているのであれば、大嵐さえも楽しめる感覚で飛び出した方が、きっと楽しい航海になるような気がしませんか?

なので、痛い目を見るその時が来たら、清々しい心で、軽快にスキップする感覚で、その場面を乗り越えられればそれで良いんじゃないでしょうか。

 

話が大きくズレましたが、大事なのは、自分の中に宗教を作らないこと。

大切なのは、心で「流れ」を見極めて、自分の心で納得し選択し、楽しむこと。

そういえば、

「地球がアセンションするためには、宗教みたいなものをぶっ壊して行かなければいけない」

この言葉が、下の動画の「50:40」の部分で上から降りてきました↓

リーディングトーク会☆ルナ・メリア・メタさん【ノーカット】

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