考え事「現実と幻。不安感が見せる優しい天使と、光の中に見る厳しさのある愛」

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世間一般的にはスピリチュアルは現実から遠ざかった世界だと思われています。

なので、スピリチュアルにハマってしまった人には、「現実を見た方がいいよ…」という冷水を浴びせられることがおおいのかな?と。

 

世間一般的な現実というのは、現実化された後の事柄を指します。

なので、歴史や統計などのデータが現実に一番近い事柄とされています。

 

ですが、「過去の歴史は作ることができる、捏造することができる」とここ数年でネット上で盛り上がり、最近になって陰謀論として巷に溢れかえっています。

陰謀論というのは、つまり、何かの理由があって公式的に発表されない事柄があり「人の目で確認することができない部分」ですね。(文書では残っているようですが、その現場を実際に目の前で見ているかどうかを、ここでは事実と定義しています)

でも、これって結局「事実として公式的に発表できないところ」でいうと、見えないことに戻っているのではないか?と思います。

 

そして、またこれが不思議なのが、その陰謀論から未来を推測するという。。

「けっきょく見えないところを言うの?!」とツッコミが入りそうなことです。

「現実を見る」とは、真逆を行っているような感じもします。

 

では、現実とはなにか?ですが、

一般的に言われている現実は、ほぼ幻です。

なぜなら、事実とは、人によって見え方が変わるからです。

 

目の前で起こっている出来事さえ、人によって見え方が変わります。

見え方が違ってくるということは、その事実の伝え方も人によって変わってきます。

つまり、その事実は、同じ出来事でも、無数の捉え方があり、無数の伝え方があります。

それによって、新な未来が作られます。

 

心がしんどくなっている人が見える事実は、先の見えない暗闇の中、自由度は不自由極まりなく、厳しくする人はだいたい悪魔で、優しくする人が天使に見えるはずです。

心が軽やかになっている人や、そちらへ導こうとする人が見える事実は、先には希望が見えていて、自由度は高く、優しくする人の中には心の闇を大きくする人が紛れ込んでいる人がいるのがわかり、一見厳しく聞こえる言葉の中には愛があることを見いだせるはずなんですね。

これが、事実です。

なので、一般的に言われている事実とは、心の状態によって見え方が変わる幻なんですね。

心の状態で惑わされないようになったときに、真実が見えてくるのかもしれません。

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